TOP シーシャ フレーバー ブログ Reserve
CULTURE 2026.08.07 by ATHENA

日本でシーシャブームはいつ始まった?函館シーシャアテナが解説

日本でシーシャブームはいつ始まった?函館シーシャアテナが解説

「シーシャって、いつからこんなに流行ってるの?」

10年前、日本でシーシャを吸える場所はごく限られていました。それが今では全国に1,600店以上。渋谷や新宿には歩けば当たるほど店があり、地方都市にも専門店ができています。

この20年で何が起きたのか。データをもとに、日本のシーシャ史を4つの時代に分けて整理しました。

TIMELINE 日本のシーシャ普及史 2000年代後半 バーの片隅 潜伏期 2010年〜 渋谷・原宿に専門店 芽生え 2016年〜 専門店が続々 拡大期 2020年〜 コロナ禍で急拡大 爆発 現在 全国1,600店以上
「じわじわ15年、そこから一気に5年」というのが実際の形です

第1期:2000年代後半 ── 怪しげな飲み物の隣にあった

日本にシーシャが入ってきたのは2000年代後半。ただし当時は専門店ではなく、バーの片隅に置いてあるものでした。

「そのバーに行くと、注文すれば吸えるらしい」——そういう類の存在で、正直に言えば少し怪しく、手を出しにくいものだったと語られています。エスニック料理店や中東系バーの雰囲気づくりの一部、という側面も強かった時代です。

この時期、シーシャは「体験するもの」であって「通うもの」ではありませんでした。

第2期:2010年〜 ── 渋谷・原宿から「社交場」へ

2010年頃から、シーシャを主役に据えた専門店が少しずつ現れます。場所は渋谷や原宿——若者が集まるエリアでした。

ここで起きた変化が決定的でした。怪しいものから、ファッショナブルな社交場へ。内装がおしゃれになり、女性でも入りやすくなり、「シーシャ屋に行く」こと自体がひとつの遊び方として認知されはじめます。

とはいえ、この段階ではまだ東京の一部の話。全国的なムーブメントではありませんでした。

第3期:2016年〜 ── 専門店が一気に増える

2016年あたりから、シーシャ専門店の数が明確に増えはじめます。

背景にはいくつかの要因があります。SNSの普及で「映える」空間が拡散されやすくなったこと。ロシア系ブランドの流入で味のバリエーションが一気に広がったこと。そして個人が始めやすい業態だったこと——大きな厨房設備がいらず、小さな物件でも成立するビジネスモデルです。

この時期に「シーシャ屋の店主」という職業が成立しはじめ、フレーバーの知識やミックスの技術を競う文化が育ちました。

第4期:2020年〜 ── コロナ禍が決定打だった

そして、いちばん大きな転換点がコロナ禍です。

飲食業全体が打撃を受けたなかで、シーシャは若い世代を中心に急速に広がりました。逆説的に見えますが、理由ははっきりしています。

なぜコロナ禍で伸びたのか

大人数の飲み会が消えた → 2〜3人で長く過ごせる場所への需要が生まれた

「とりあえずビール」への疑問 → 酔わずに滞在できる選択肢が求められた

個席・ソファ席の構造 → 密になりにくい業態だった

1台60〜90分という時間設計 → 「短く切り上げる」飲み方と相性が良かった

さらにこの時期、「相席屋」や「パブリックスタンド」を展開するような大手企業がシーシャ業態に参入しはじめます。個人店の趣味的な世界から、産業としてのフェーズに入った瞬間です。

データで見る、今のシーシャ客

1,000人を超える規模のアンケート調査(シーシャカフェ&バー musch 実施)から、現在のシーシャ利用者像がはっきり見えてきます。

WHO SMOKES SHISHA いま日本でシーシャを吸っている人 約8割 が20代 6割超 が女性 6割超 が普段タバコを吸わない 65% 初体験は1年以上前 85% 直近1〜3か月以内に来店 60%超 月1回以上通う
出典:シーシャカフェ&バー musch のアンケート調査(回答1,000人超)

この数字が示しているのは、シーシャがもう「タバコの一種」ではなくなっているということです。

主役は20代、6割以上が女性、そして6割以上が普段タバコを吸わない人。喫煙者の遊びではなく、非喫煙者の社交としてこの文化は広がりました。日本でノンニコチンフレーバーがこれほど充実している理由も、ここにあります。

そして「初めて吸ったのは1年以上前」が65%、「直近1〜3か月以内にも吸っている」が85%、「月1回以上通う」が60%超。一度きりの体験ではなく、習慣として定着している——これが「ブーム」ではなく「文化」になったと言われる根拠です。

なぜ日本に根付いたのか

個人的な見立てを含みますが、日本の事情とシーシャの相性が良かったのだと思っています。

「飲まない社交」の受け皿になった

お酒が飲めない人・飲みたくない人が、居酒屋以外で長時間しゃべれる場所は意外と少ない。カフェは閉まるのが早く、バーは酒が前提。その隙間にぴったり入りました。

「長居していい」が明示されている

1台60〜90分という時間の枠が最初から共有されているので、居座る後ろめたさがない。日本人の気質に合っていたと思います。

ミックス文化が「趣味」になった

中東では単品で吸うのが普通ですが、日本では3〜4種を配合するのが当たり前に。極めがいのある奥行きが生まれ、リピートの理由になりました。

ノンニコチンという逃げ道があった

「タバコは無理だけど興味はある」層を丸ごと取り込めた。これが無ければ、ここまで女性比率も非喫煙者比率も上がらなかったはずです。

そして今、地方に広がるフェーズ

東京・大阪の中心部が飽和に近づくなか、シーシャ文化は地方都市へ広がる段階に入っています。函館もそのひとつです。

地方でシーシャをやることの意味は、都心とは少し違うと考えています。都心なら「今日はどの店に行くか」の選択ですが、地方では「そもそもシーシャを知らない人に、最初の一台を出す」ことが仕事になります。

だから当店は、ノンニコチン26種を含む72種類を揃えました。「タバコは吸わないけど気になる」という、いまの日本のシーシャ人口の中心にいる方に、ちゃんと応えられるようにするためです。

20年かけて、シーシャは「怪しいもの」から「20代の非喫煙者が月1回通うもの」に変わりました。函館の夜にも、その選択肢があっていいはずです。大門横丁で飲む前でも、締めでも、お酒抜きでも。初めての方には、いちばん軽いところから組み立てます。

#歴史 #日本 #データ #カルチャー #函館